
暑中お見舞い申し上げます
京都に暮らして30度目の夏。
「三代暮らさなければ京都人ではない」とは何度聞いたか知れない。それでも、何もかもが新しくて、一番多感な頃を過ごした場所は体の一部になっている気がする。
最初の夏は今のように危ない暑さではなかったし、暑ささえも楽しかったのを覚えている。時間があれば自転車を漕いで、いろんなものを見て過ごした。
美味しいものにも、随分たくさん出会った。
今とは比べ物にならないくらい観光客は少なくて、桜と紅葉の時期以外の平日は、街中も住民くらいのもの。特に午前中の河原町(中心の繁華街)などは閑散としていて、淋しいというよりもかえってすがすがしいくらいだった。勉強もアルバイトも休みの朝には、当時あったビルまるごと1棟の「丸善書店」で本を見て、中にあった小さな喫茶店でトーストと紅茶を頼んだ。買った本を読みながら静かにコーヒーを飲む大人たちの空気は、とても心地よかった。

その頃、河原町三条にある喫茶店「六曜社」でアルバイトをしていた。少し前に、店についての本が出版され、私の知らない歴史がたくさん書かれていたのがよかった。
六曜社の話はまた。
亡くなったママは仕事にはこの上なく厳しかったが、折々に若い私たちに美味しいものを楽しむことを教えてくれた気がする。

今は無い、寺町三条上るにあった明治創業の「桂月堂」もそのひとつ。
ママが休憩時間のおやつに買ってきてくれた「瑞雲」は、スポンジ生地にパイ生地を渦巻き状に巻いたロールケーキを1cmほどに輪切りにし、焼いたもの。皇室に献上されたらしく、洋菓子の範囲に入るが、お店の疑洋風の外観と富岡鉄斎の書による重厚な看板が、和菓子の匂いもさせてなんとも不思議だった。
これをトースターでかるく温めて食べた味が忘れられない。


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