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vol.9 修理・修復・修繕

画像出典:泉屋博古館
「特別展 文化財よ、永遠に2026 -次代につなぐ技とひと
住友財団文化財維持・修復事業助成の成果展示」
「佐竹本三十六歌仙絵切 源信明」

 直すことを表す言葉には「修理」、「修復」、「修繕」などいくつかの表現がある。
 
 心待ちにしていた京都泉屋博古館での「特別展 文化財よ、永遠に2026 -次代につなぐ技とひと」へ。
 前日、偶然にも漆芸の先生が修理、修復についてのお話をしてくださり、その内容を踏まえて観ることができたのは不思議な幸運だった。

改めて調べてみると、

修理壊れたり傷んだりした物に手を加えて、再び使用できる状態(元の機能や形)に戻すこと
 主に家電製品、機械、建物、乗り物などの無機質な対象に対して使われる
修復:傷んだり壊れたりしたものを、「元の姿や状態」に忠実に戻すこと

 「元通りに再現する(原形維持)」というニュアンスがより強い
修繕:建物や道具などの傷んだ部分を、つくろって(手直しして)使い続けられるようにすること

 古くなったり劣化したりした部分を整える(維持管理)という意味合いが強い
 劣化や損傷を補い、今の状態を保つ、または少し良くすること


とある。

 陶磁器の漆継ぎ、金継ぎはいずれに当たるのだろうか。
 皿や茶碗、瓶のような使うものであれば「修理」であろうし、美術品などの置物を共直しで修理痕が分からないように直すのであれば「修復」になるだろう。
 「少し良くすること」なら蒔絵の技法で装飾性を添える(主になってはいけない)ことで言えば「修繕」がふさわしいようにも思う。
 昨年拝見した、裏千家茶道資料館の「繕いの茶道具」展でも、金継ぎ=金繕いとも書かれていた。
 
 ずいぶん昔になるが大学を出てすぐ、丁稚(でっち)のような形で大徳寺や無鄰菴、仁和寺、妙心寺など古建築の修理現場に通っていた。妙心寺の現場では屋根の瓦葺き前、野地板(のじいた)を張り終えたところで、大工さんたちは昼寝をしていたものだ。
 足場が掛かっているから転げ落ちることはないが、住宅と違って急勾配なので、ちょっと恐ろしい。
 文化財に指定された建物を直す場合は、市などの保護課から技官がこられたり、専門家が調査、報告書作成まで行うので、現場の作業も非常に複雑になる。
 現状を徹底的に下調べ、撮影、記録して、解体したものも保存、記録、図面作成、使う材料もすべて当初材、状態に復原することを念頭に指定される。
 
 一方で、文化財でない古建築は常のやり方、材料で進められるので、傷んだ箇所に鑿(のみ)や鋸(のこ)が迷いなく入り、みるみるうちに直されていく。経年、風雨で真っ黒になった桧や欅材も、一皮削ればまっさらな白い木肌を現し、香りも当初のままで驚いたものだった。
 
 そんな時間の中で、表現の違いに対する認識はいつもあやふやだったように思う。
 それが昨年、漆芸の先生が薦めておられたある本を読み、西洋の美術品修復と漆による修理(修繕…ややこしい)の違いに行き当たり、改めて考える機会となった。

 西洋の修復は主に樹脂を使い、見た目には全く直した箇所が分からないのが基本。樹脂の経年劣化問題については、修復材料の進歩に委ねるということらしいが、古美術品にどこのどなたが詰めたか分からない樹脂のパテが見るに堪えない状態になったものを拝見すると、同じ樹脂でも今回の展示で見た修復と一括りにするのはとんでもないことだと痛感する。
 漆とは比にならないが、西洋の修復の歴史も長く、真剣な研究と技術の上に成り立っていることには違いない。
 
 今回、泉屋博古館の展示では、人間国宝の室瀬和美氏と漆芸家の方々が立ち上げられたという研究所で修復された記録や道具も展示されており、わずか垣間見ることができ大変勉強になった。

 そういえば20年ほど前、正倉院の修復技師の募集が出ていたが、専門分野の修士か博士かの条件があって、高校時代に知っていたらその道に進みたかったなと少し後悔したのを思い出す。でも時が経ちありがたいことに今、古い品物を修理・修繕させていただいているのは不思議なものだと思う。