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vol.3 金継ぎ材料の安全性

 選ぶこと、金継ぎに使われる材料の安全性のお話。

 随筆家 幸田文の文に、こんな話があった。
 昔は何もかもが重かった。まず水が重かった、水は井戸から運ぶもので、洗うにも飲むにも煮炊きをするにも、重い水を運ばねば何もできない。布団も重かった、綿の布団はずっしりとしていたが、今は羽毛や化繊の重さとはおよそ縁のない布団が多くなった。火も重かった、火を起こすには薪を運ばねばならなかった。いまはとうとう「親が重い」ということまでが言われるようになったと。

 時間のゆっくりとした流れも、ものの重さも、それなりに意味のあるものではないかと思う。

 2025年6月1日、厚生労働省 食品衛生法の一部改正に伴い「ポジティブリスト制度」が適用され、合成樹脂、テレピン油などの有機溶剤の食器への使用が原則禁止となった。

 いま、ひと昔前には想像もできなかったほど、金継ぎは日本を飛び出し世界中に知られ、本来の伝統的な技法のみでなく、新うるし、工芸うるしなど合成樹脂などを用いた、施工時にかぶれない、すぐに仕上がる「簡易金継ぎ・現代金継ぎ(疑似金継ぎ)」もまたかなりの割合で広まっている。
 これらには、合成樹脂であるエポキシ系樹脂(接着剤、パテ)、カシュー系塗料(新うるしなど)、ウレタン塗料(食品衛生法適合のものと混在)が使用されており、今回の改正において食品用器具(食器)には有害性の観点から使用不可に変わった。

 本漆を用いた伝統的な金継ぎをうたうものも、実際には「テレピン油」などの身体に有害な溶剤が多くの場合、筆を洗ったり、漆を薄めるためにいまだ普通に用いられている。
 今回の法改正では、リストに掲載されていないこれらの物質(テレピン油類は引き続きグレーゾーンの扱い)は食器への使用は合法ではなくなったが、一般に周知されるまでにはしばらく月日がかかる。

 大量消費の時代から、壊れたら直して大切に使うという流れに戻ることは素晴らしいと思う。ただ、化学物質製品が溢れるいま、何を選ぶかは私たち一人一人に委ねられ、何が正しいかを判断するのが難しいほど情報も多い。

 漆が人に使われ始めたのは縄文時代。
 侘び茶とともに金継ぎの文化が生まれて数百年。
 長い歴史の中で時代時代の人々が気の遠くなるような経験と工夫の積み重ねから培ってきた、漆という自然の材料と技術は、現代の何事も便利で早く、の流れとは逆行したものと考えられがちだが、回り回って私たち人間、ひいては動植物、自然に優しく寄り添うものではないだろうか。

 自然の漆も正しい知識があれば、かぶれは防ぐことが容易であるし、修復にかかる月日も多くの作業工程も、地球の長い歴史から見れば点にも満たないと思うと、おおらかな気持ちにさえしてくれる。

 短期的には無害に見える合成樹脂や有機溶剤は、アレルギーや呼吸器系、臓器への影響から中毒、発がんの可能性も孕み、後々さまざまな健康被害を引き起こしかねない。
「自分は何を選ぶのか」金継ぎを楽しむ多くの方には、正しい情報と、判断できる心を持っていただきたい。

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